犬は、「ワン」と吠えるだけで何でも解決してきました。自分の望みを叶えてきたのです。

彼ら(の一部?)が人類との距離と縮めるチャレンジをしたことにより、現在では、快適な空間のふかふかのソファやクッションの上に無防備な姿をさらして一日の大半を寝て過ごすことができる犬は、世の中にたくさんいます。マグロを食べている人間に「ワン」と言えば、本来彼らが持っている能力や社会では到底捕まえ得ないマグロの、しかも綺麗にさばかれた切り身である刺身にありつけることだってできます。人に好かれる風貌と仕草がそれを可能にしている基礎的要素であるのは間違いありませんが、「ワン」が人に行動を促していることも忘れてはいけません。これがもし「ぷー」だったら、言われた人は犬がどうしたいのか検討もつきません。「ワン」と言われるから我々は解決すべき事がそこにあると意識するのではないでしょうか。

私たちにとっての「ワン」は何になるでしょうか。私たちは何を身につければ、どんな行動を起こせば、望みが叶うでしょうか。犬たちの「ワン」に相当する、私たちのソリューションは何でしょうか。それを知るには、望みは何なのか、どんなときに満足感が得られるのか、達成感が得られるのか、それを知ることか大事ではないでしょうか。私たちは私たちがどんなときに満足するのか知っているのでしょうか。

  • どんなときに気分が良いかを知り
  • それを実現するために有効な手を打つ

私たちは経験的に知っているはずです。何をどうすれば良いかを。記憶の中にあるはずです。心地よいと感じた時と、それをどうやって獲得したかを。 

面倒だから気づかないふりをするのをやめて、望みを叶える行動を起こすときなのです。