ルクセンブルグ、首都のど真ん中で ~都会のプチハイキング③~
ルクセンブルクへ旅行で訪れたら、中世の面影を残す崖の上の旧市街散策が定番ですが、実はこの街、高低差がものすごい「立体的な要塞都市」なんです。
かつての戦争のための防御壁や空き地が、現在は市民や観光客が新緑を楽しめる美しい「緑の緩衝地帯」として機能しているため、どこを歩いても緑に出会う構造になっています。中世の荒々しい岩壁の要塞の歴史と、それを包み込むようなみずみずしい新緑のギャップこそが、ルクセンブルクならではの唯一無二の「緑のイメージ」を作っている最大の理由です。町の真ん中を渓谷が通り、緑も多く残されているので、街の中でハイキングができてしまうのです。

ルクセンブルクの歴史
中世の国家の成り立ち
中学校の社会ではベネルクス3国(ベルギー、オランダ、るクエンブルグ)、とまとめられてしまっているルクセンブルグですが、まずはこの国がどのように生まれ、どのように発展してきたのか、その歴史と現在の姿を少しご紹介します。
ルクセンブルクの国家としての歩みは、中世の963年にまで遡ります。当時、アルデンヌ家のジークフレート伯爵が、現在のルクセンブルク市があるボックの崖(ボックの岩壁)とその周辺の土地を手に入れ、小さな城砦を築いたことがすべての始まりでした。この崖は周囲を深い渓谷に囲まれた天然の要塞であり、軍事的に極めて重要な拠点だったのです。
その後、ジークフリート伯爵のルクセンブルク家(アルデンヌ家系)は徐々に勢力を拡大し、14世紀には神聖ローマ皇帝を輩出するほどの有力な名門貴族へと成長します。1354年には公国へと昇格し、中世ヨーロッパにおいて確固たる地位を築きました。しかし、その戦略的な立地の良さゆえに、その後は時代ごとに周囲の強国によって何度も占領され、統治者が変わる苦難の歴史を歩むことになります。それぞれの国によって城壁や要塞が次々と拡張・強化された結果、街全体が難攻不落の巨大な要塞都市へと変貌を遂げていきました。この中世から続く複雑な要塞の歴史が、現在のルクセンブルクの美しい街並みの土台となっています。

現在の国家元首である大公家(ナッサウ=ルクセンブルク家)の成り立ちも、この複雑な歴史と深く関わっています。19世紀、ナポレオン戦争の終結後にルクセンブルクは「大公国」として独立を認められますが、当時はオランダ国王がルクセンブルク大公を兼任する形(同君連合)でした。しかし1890年、オランダ側で女性のウィルヘルミナ女王が即位した際、当時のルクセンブルクの法律(サリカ法)では女性の家督継承が認められていなかったため、オランダとの同君連合が解消。ナッサウ家の別系統であったアドルフ大公がルクセンブルク独自の君主として迎えられました。これが、現在の独立したルクセンブルク大公家の始まりです。
ただ、ヨーロッパの名門貴族たちは何百年もの間に何度も政略結婚を繰り返しているため、何代もの「母親(女系)」を遡っていくと、現在のナッサウ大公家もジークフレート伯爵の血筋にしっかりと繋がっています。
首都の発展:鉄鋼から世界屈指の金融センターへ
かつては「要塞の国」として数々の戦火を潜り抜けてきたルクセンブルクですが、近代に入るとその姿は劇的に変化します。19世紀後半に豊かな鉄鉱石の資源が見つかると、鉄鋼業を中心に産業化が一気に進み、国の経済基盤が築かれました。そして20世紀後半からは、鉄鋼業に代わる新たな柱として「金融業」への大胆なシフトを敢行します。
税制面の優遇措置や柔軟な法制度を整えたことで、世界中から多くの金融機関や投資信託が集まるようになり、現在ではロンドンに次ぐ欧州最大級の投資信託センター、そして世界有数の金融都市へと大発展を遂げました。さらに、欧州連合(EU)の創設メンバーでもあるルクセンブルクには、欧州司法裁判所や欧州投資銀行などの重要な機関が置かれ、欧州の政治・経済の中心地としての役割も担っています。近年ではIT産業や宇宙産業(宇宙資源の探査など)にも力を入れており、富裕国でありながら常に未来を見据えた先進的な発展を続けています。中世の面影を残す旧市街のすぐ近くに、モダンな高層ビル群が立ち並ぶ近代的なキルヒベルク地区が広がっている景観は、まさにこの驚異的な発展の歴史を象徴しています。
ルクセンブルグの旅情報
ルクセンブルグのスタートは空港から!新しくなった電車で市内へ
ルクセンブルク・フィンデル空港が旅のスタート地点です。日本やアメリカからの直行便はありませんが、ヨーロッパ各地から、また中東、北アフリカ、中国など30か国以上からの便があります。
市内(ルクセンブルク中央駅)への移動ですが、少し前まではバスが主流だったところ、最近路線が延伸されて電車で中央駅までダイレクトに行けるようになっています!移動が本当にスムーズで快適。しかもルクセンブルクは国内の公共交通機関がすべて無料なので、空港からのこの電車も当然タダで乗れちゃいます。
また、実はパリからも鉄道を使って2時間足らずで来ることが可能です。ルクセンブルグ中央駅~パリ東駅には1日7本程度の直通TGVがあるので、パリから日帰りで足を延ばしてもよいかもしれません。ほかにもベルギー、ドイツ、オランダなど近隣の国とは鉄道でつながっています。
治安はかなり良い
ルクセンブルグは金融の街で、EUの主要機関が置かれる政治的にも重要な街ですが、歴史的な街並みはユネスコ世界遺産にも登録されています。国際都市と聞いていたので、人種もかなり多いのかと思いきや、アジア・アフリカ・中東系の方はほとんどいません。ヨーロッパ系のビジネスマンやユーロクラート(EUの官僚)、近隣のヨーロッパ諸国から移住してきた専門職の富裕層が住民の大半を占めている印象です。いわゆる「観光地や大都市特有のギラギラした移民のコミュニティ」というよりは、欧州域内のエリート層が整然と暮らしている雰囲気で、これが街全体の圧倒的な治安の良さと、落ち着いた民度に直結しているのだと感じました。
海外旅行で常に警戒すべきスリやひったくり、怪しげな客引きといった気配は旧市街でも渓谷沿いでも全くと言っていいほどなく、カメラを首から下げて一人でのんびり歩いていても終始、身の危険を感じる瞬間はありませんでした。週末の夜でも、街灯に照らされた美しい石畳の道を安心して散歩できるほどです。世界屈指の金融センターでありながら、どこかおっとりとした上品な空気が流れるルクセンブルク。ハプニング続きの旅でしたが、この抜群の治安の良さのおかげで、最後までリラックスして心から街歩きを楽しむことができました。
物価はパリと比べて同程度か僅かに安いかという印象です。
ただ、私の止まったホテルはルクセンブルグ中央駅から歩いて5分程度でとても便利だったのですが、飲み屋街かつアジア系のお店の多い地域だったので、昼間は静かでしたが夜は1時ごろまで重低音と多くの人の笑い声が鳴り響ていました。(苦情も多いのでしょう。ルームキーと共に耳栓を渡されました。)
日曜は首都でもお店が開いていない!
もともとは日曜の朝にすこしのんびりとお土産を買い、優雅にランチを食べて昼過ぎのTGVでルクセンブルグを発つ予定でした。しかし、日曜はスーパーも百貨店も14時をすぎないと開かない、普通のお店は完全にお休み。首都でもしっかりとヨーロッパルールです。予定の変更となり急遽散策に行くことになったのですが、とても素晴らしい体験ができたのでこの記事を書きました。
都会での森林散策
お店が開いていないなら、ルクセンブルクが誇る一番の魅力である「豊かな自然と立体的な地形」を五感で味わいながら歩くのが大正解です。新緑が美しい広大な公園から、崖の下に位置するヴァイルートやグルン地区周辺の渓谷エリアへと向かう、ロングウォーキングです。
今回は、都会のプチハイキングにふさわしく、移動の起点となるモダンなエリアから、歴史の息づく静かな渓谷の底へと向かうルートを歩きました。
トラムのMUDAM駅からスタート!新緑の「グラントロワ公園」をゆく
散策の始まりは、近代的なオフィスビルや欧州連合の機関が立ち並ぶキルヒベルク地区から。デザインの美しい路面電車(トラム)に揺られ、「MUDAM(ミュダム)駅」で下車します。昨日利用した空港からの電車もそうですが、このトラムももちろん無料で乗車できます。
駅を降りると、そこには昨日の旧市街とは一変して、ガラス張りの高層ビルがそびえ立つ現代的な風景が広がっています。しかし、そこから一歩脇道へ入ると、目の前には驚くほど広大な緑のオアシス「グラントロワ公園(テュアンゲン公園)」が姿を現します。

今回は日本のGWを利用しての旅でした。5月の初夏の日差しを浴びて、公園の木々はみずみずしい新緑に包まれていました。きれいに整備された遊歩道は非常に歩きやすく、日曜日の午前中ということもあって、犬の散歩をするローカルの人々や、気持ちよさそうに汗を流すランナーの姿がちらほら見える程度。街の喧騒から切り離されたかのような静けさの中、まずは木漏れ日を浴びながら、奥へと続く森のような小道をのんびりと進んでいきます。歩くたびにカサカサと鳴る木の葉の音や、どこからか聞こえる鳥のさえずりが、日曜日の朝の心地よさをいっそう引き立ててくれます。

歴史の遺構に触れる「要塞博物館(Musée Dräi Eechelen)」
公園の緑のトンネルを抜けると、突如として目の前に堅牢な石造りの建造物が姿を現します。これが、かつての広大な要塞の遺構をそのまま利用した「要塞博物館(Musée Dräi Eechelen)」です。その特徴的な3つの丸い塔の形から、地元では「三つのどんぐり(トワ・グラン)」という可愛らしい愛称で親しまれています。
すぐ隣には、ガラスと石を組み合わせた超モダンな「現代美術館(MUDAM)」が隣接しており、中世の厳めしい城砦と21世紀の最先端建築が背中合わせで並ぶ、ルクセンブルクならではの独特なコントラストが楽しめます。

この要塞博物館の敷地内は、ただ眺めるだけでなく、古い石積みの壁の隙間をくぐったり、かつての砲台跡のような場所を覗き込んだりと、まるで冒険気分で歩き回ることができます。何世紀にもわたってフランスやオーストリア、プロイセンといった周囲の強国に占領され、そのたびに壁が厚く、複雑に改造されていった歴史の痕跡が、文字通り石の一つひとつに刻まれているかのよう。ここからの旧市街の眺めも抜群で、崖の向こうに広がる街並みを見渡しながら、この都市が歩んできた激動の時代に思いを馳せるには最高のスポットです。

高低差を一気に下る!静寂に包まれた「ヴァイルート&グルン渓谷」へ
要塞博物館で歴史のロマンに触れた後は、いよいよこの街の真骨頂である「高低差」を体感するルートへ向かいます。ルクセンブルクの街歩きを最高にエキサイティングにしているのは、この劇的な立体の地形です。
崖の上にある現代的なエリアや歴史的な旧市街から、観光用の無料エレベーターに乗って、一気に数十メートル下の渓谷の底へと下りていきます。エレベーターの扉が静かに開くと、そこはまるで映画のセットのような別世界。さっきまでの都市の風景が嘘のように消え去り、目の前にはアルゼット川の穏やかなせせらぎと、崖の斜面をびっしりと覆う深い緑のカーテンが広がっていました。

川沿いに続く「ヴァイルート(Weirouth)」周辺やグルン地区の遊歩道は、まさに水と緑の回廊です。見上げれば、自分たちがさっきまでいた高さの切り立った断崖絶壁が圧倒的なスケールで迫り、その頂には強固な城壁がそびえ立っています。下から見上げる要塞は、上から見るよりもはるかに威圧感があり、「北のジブラルタル」と呼ばれた難攻不落の理由が五感で理解できます。

一方で、足元に目を移せば、川のほとりにはおとぎ話に出てくるようなパステルカラーの可愛い石造りの家々が静かに佇んでいます。崖の上の険しい要塞の表情とは対照的な、時間が止まったかのようなのどかなヨーロッパの田舎町の風景。この二面性が同じ徒歩圏内に共存していることこそが、ルクセンブルク散策の最大の醍醐味と言えるでしょう。

川のせせらぎに耳を澄ませ、新緑の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら一歩一歩踏みしめるように歩く時間は、何物にも代えがたい贅沢なひとときでした。日曜日のためお店はお休みでしたが、この大自然と歴史が織りなす立体的な空間を歩き尽くすだけで、大満足のウォーキングとなりました。


