QMSのせいで、むしろ品質が悪くなる

ISOナントカとか、ホニャホニャのQMSに関わらざるを得ない人は、膨大な帳票(しかも複数の捺印付き)の作成や整理に追われがちです。ISOナントカとか、ホニャホニャのQMSの対応を主幹業務とする部門は、設計部門や製造部門などのモノ作りのバリューチェーンの人間に対し、とにかくこの書類作業を強います。彼らは、バリューチェーンの人達がその書類作業により本来注力すべき業務の時間を削っていることを軽く考え、自社の商品やサービスの品質を落としかねない可能性を吟味しません。そして、いざ監査の場面では、ISOナントカとか、ホニャホニャのQMS対応を主幹業務とする部門が監査対応するのかと思いきや、そうはならずバリューチェーンの部門が前面に立たないイケナイというお土産までついています。

営利企業にしろ公的団体にしろ、法令を遵守しつつ商品やサービスの魅力向上や品質を向上させるにあたっては、その活動の効率性を追求すべきなのは当たり前で、そのために必要な投資が行われなければなりません。(主に、人の手作業によるミス、漏れを防ぎ、高速な自動処理を期待する情報システム投資をイメージしてください。)しかし、ISOナントカとか、ホニャホニャのQMSへの対応を主幹とする部門は、この効率化や投資の必要性への意識かすっぽり抜けているかのようです。いや、抜けているのではありません。想像はついているけど、”効率化や投資”のところは、”ワシの仕事じゃ無い”と考えているのかもしれません。そうするとこの問題は企業風土に根付くやっかいな問題や、正しい組織編成を行うというこれまた難しそうな課題といえそうです。ここでは、ここ20年くらいで急速に日本企業に入り込み、運用を間違えた企業組織の力を奪いがちな黒船であるQMSとやらの狙いやコンセプトは何なのかを探り、なぜQMS活動をやればやるほど企業の体力を奪うのか、品質を悪くする恐れがあるのか、どうすれば防げるのかを考えてみましょう。

1. ちゃんとした商品やサービスは、ちゃんとしたプロセスからしか生まれない
商品の品質担保を検査に依存したのでは、全数検査でなければ検査をすり抜ける粗悪品が市場に出回るかもしれません。検査に合格したとしても万能な検査など無いために市場において問題を引き起こすかもしれません。日本企業がかかわるほとんどの国で何からの規制やQMSが求められますが、それらの思想をリードしてきたのは欧州で、その欧州の官僚達は、”ちゃんとした商品やサービスは、ちゃんとしたプロセスからしか生まれない”と考えているのです。 ”ちゃんとしたプロセス”とは、社規定や業務基準に、とあるプロセスの業務内容や用語の定義が明記されており、それに従事する作業者の資格要件が定義され、資格認定方法や教育内容が明記され、教育記録も管理されており、そのような資格のある作業者が、標準の手順書を用いて企業活動を行い、記録されていく過程のことです。その過程で取引先やシステム・什器を扱うでしょうから、それらの管理も問われます。合否判定には科学的な根拠が求められます。そして、何か問題があった場合にはプロセスの是正が求められます。問題の発生は個人に原因があるのではなく、”仕組み”・”プロセス”にあるという考えだからです。

欧州で製品の安全性を検査結果だけに依存せず、設計プロセスや製造プロセス、作業者の教育、設備点検といったプロセス管理に重きを置くのは、主に以下のような考え方や背景から来ています。

1-1. 予防原則(Precautionary Principle)
欧州では、リスクを未然に防ぐという「予防原則」が重視されています。この考え方は、何か問題が起きてから対応するのではなく、事前にリスクを予測し、それを回避するための手段を講じるというものです。製品の設計や製造プロセスにおいても、この予防的なアプローチが適用され、問題が生じる前に安全性や品質を確保しようとしています。

1-2. システム全体の一貫性と信頼性の確保
製品の安全性や品質を最終検査のみに依存する場合、検査がすり抜けて不良品が市場に出回るリスクが高まります。プロセス全体の管理に重きを置くことで、設計段階から品質を内在させ、製造工程や人材の教育によって一貫した品質を保証することができ、信頼性が高まります。

欧州の多くの企業や規制当局は、製品全体のライフサイクルを通じて品質を担保しようとする姿勢を持っています。設計から製造、さらにはアフターサービスまで、各プロセスにおける管理を徹底することで、全体として信頼性の高いシステムを構築することを目指しています。

1-3. プロセス品質と「インライン」管理
検査結果に頼るだけではなく、「インライン」管理を重視する考え方も背景にあります。これは、製造の各段階で品質をチェックし、不具合を早期に発見し修正するというアプローチです。これにより、製品が完成してからの検査ではなく、製造の途中で問題を発見・修正でき、最終製品の品質が保証されやすくなります。

1-4. 作業者の責任とスキルの向上
プロセス管理を重視するもう一つの理由は、作業者や管理者に責任を持たせることで、現場のスキルや意識を向上させることにあります。作業者が自分の役割や工程においてしっかりと管理することが求められることで、品質や安全性に対する責任感が強化され、ミスや事故の防止につながります。

1-5. 製品の複雑化と国際的な規制対応
現代の製品は技術的に高度化し、製造工程も複雑化しています。これに伴い、単純に製品を検査するだけでは不十分な場合が多く、複雑なプロセスを管理する必要性が高まっています。特に医療機器や自動車など、安全性が重要視される分野では、設計から製造に至る全プロセスを厳密に管理し、リスクを最小限に抑えることが不可欠です。また、国際市場で競争するためには、国際規格や各国の法規制に適合することが求められ、そのために各プロセスで標準化された管理が必要です。例えば、ISO 9001やISO 13485などの品質管理システムは、プロセスに基づいた管理を求めており、これにより企業は世界各国の規制に対応しやすくなります。

1-6.「品質は設計によって決まる」という考え方
「品質は設計段階で決まる」という思想も欧州では広く受け入れられています。この考え方に基づき、製品が優れた品質を持つためには、単に製品が完成した後の検査だけではなく、設計段階で品質を内在化させることが重要とされます。設計者が品質を最初から考慮し、リスクや不具合の可能性を排除することで、製造プロセス全体の品質も向上します。

1-7. 長期的な信頼性とブランド価値の維持
プロセス管理により一貫した品質と安全性を確保することで、企業は長期的な信頼性とブランド価値を維持できます。特に欧州では、ブランドの信頼性が市場での競争力に直結することが多く、高品質で安全な製品を継続して提供することが企業の重要な戦略となっています。

このように、欧州では製品の安全性や品質を確保するために、プロセス全体に対する厳密な管理と教育、標準化された手順の実践が重視されています。これにより、単に検査結果に依存するのではなく、システム全体を通じて高い信頼性が保証されます。

2. なぜ、欧州の官僚は、アメリカやアジアの国に先んじて標準規格や手順書の策定、教育体制を求めてきたのか
2-1.歴史的背景と法的枠組み
ヨーロッパは長い歴史の中で、異なる国々が共存してきました。それぞれの国には独自の法律や文化があるため、各国間でスムーズに取引や協力を行うためには、共通の基準が必要とされました。これが、標準規格の発展に寄与しています。また、欧州連合(EU)は加盟国間の統一されたルールを重視しており、ISO(国際標準化機構)やQMS(品質管理システム)のような標準化された枠組みが広く受け入れられています。

2-2. 消費者保護と安全性
ヨーロッパでは、消費者保護や製品の安全性に対する意識が非常に高く、そのためには一貫した品質管理が必要です。標準規格に基づく製品やサービスの提供は、消費者に安心感を与え、同時に企業間の信頼を高めます。特に医療機器や食品産業、化学製品など、消費者の健康や安全に直接関わる分野では、厳しい基準が求められます。

2-3. 競争力と経済的効率
標準規格を採用することで、企業間の競争が公平に行われ、経済的な効率が高まると考えられています。例えば、ヨーロッパでは、共通の規格を用いることで、製品やサービスが異なる国々で容易に受け入れられるようになり、貿易がスムーズに進行します。また、標準化により品質のばらつきが減り、企業の生産性が向上します。

2-4. 文化的な違い
アメリカやアジアの国々と比べて、欧州では規則や規制に基づく秩序や制度を重視する文化が強いです。特にドイツやフランスなどの国では、官僚主義が根強く、厳格な管理が望まれる傾向があります。一方で、アメリカは市場の自由やイノベーションを重視し、規制よりも市場原理に任せることが多いです。アジアの多くの国々でも、規制は存在しますが、経済成長や発展に焦点を当てており、欧州ほど厳しい管理はされないことが一般的です。しかしながら、中国や日本でも欧州のような厳しい管理に移行しつつあり、QMSに追い詰められる人達の苦悩は解放される日を想像することが困難になっています。

3.こんなに素敵なコンセプトなのに、それを取り入れるとなぜ苦行になるのか
コンセプトはとても良いものです。欧州の官僚がリードして制定するいろんな法令について、適合を示す方法は全て同じ思想に基づいてい制度設計されているため、このコンセプトを理解していれば、それら法令を理解しやすくなります。
”ちゃんとした商品やサービスは、ちゃんとしたプロセスからしか生まれない”のなら、”ちゃんとしたプロセスからは、ちゃんとした商品やサービスしか生まれない”ので、検査は限りなく少なくできるといえます。プロセスの正しさを確認するために、検査はゼロにはならないのですが。しかし、それが苦行だと感じる原因ではありません。問題は手間をかけているのに検査をゼロにできないということではなく、ちゃんとしたプロセスであることの証明のためにバカみたいなコストをかけていることにあります。監査対応を目的とした書類作業のお化け業務と化していることが問題なのです。

3.1 監査側からできることは、書類のチェックと質問だけ。
監査を受ける企業や団体の人達と違って、監査を行う側はその企業や団体の内情を知りません。企業活動のプロセスの正しさを確認するには、対象の企業や団体が持つ関連の社規定や業務基準、標準の手順書のようなルール類、教育記録や議事録といった活動記録を見ることと、そして質問です。それを数日の間に大量にこなします。
監査する側とされる側が見る共通の景色は、”ちゃんとしたプロセスが定義されていて” ”ちゃんとそれが回っている” ことが文書に記述されているかであるため、その媒体は、”書類”にならざるをえません。書類の点検でプロセスの不備(があるように)指摘され、それを是正する とひたすら繰り返すことになりあます。これにより数年かけて、”ちゃんとしたプロセスが確立された素晴らしい企業や団体”ができあがるというわけです。そのためには書類作成と維持に多くのエネルギーを割くことになります。

3.2 完璧な書類作りが目的化し、無制限に手間をかける
自分たちの業務プロセスの正しさを示すための書類作業が目的化し、本来やるべき業務プロセスの実行に負担がかかるようになります。ここでやるべきは、どうやったらこの書類作業を漏れなく効率よくできるか考え、スマートな制度設計を行い必要な情報システムへの投資を行うことです。いきなり情報システムに投資しようとするとやらなくて良い作業までデジタル化され、ぼったくりIT会社に仕様変更費を何度も払うことになり、そしてシステムを稼働させている限り維持メンテナンス費をチューチューされます。先ずは無駄の無い制度設計を行うことが大切で、デジタル化はその後です。ISOナントカとか、ホニャホニャのQMSへの対応を主幹とする部門は、社内バリューチェーンに対して、膨大な書類作業をやれと言うだけだから、反発を受けるのです。スマートな制度設計と必要な情報システムへの投資計画もセットで提案する必要があるのです。しかしそうはならず、”それはワシの仕事じゃ無い”となりがちです。QMS体制構築に命を欠けいるけど、”スマートは制度設計と必要な情報システムへの投資計画”を行う気が無い人は、思うように自分のQMS体制構築が前に進まず、こんな会社は駄目だと憤慨して去って行く人もいるかもしれません。(いや、実際に見たことがあります。)仕事がへたくそなのです。
法令を遵守しつつ商品やサービスの魅力向上や品質を向上させる活動を漏れなく効率的に実行しなければ持続的に収益を上げあることはできないのですが、”漏れなく効率的に実行”するには、どうすれば良いのかという合理性への関心が薄い人が多いのです。 自分たちの活動のせいで他人の生産性が著しく落ちてしまったら同じ目的を目指す共同体して損してしまうという感覚が欠けているのです。皆が非合理的なこと・部分最適化な事ををあちらこちらでやるために、いくら燃料を投下して燃焼させようとも船は前に進まなくなるのです。

4. では、どうするか。
マインドセットを変えるということと、組織の役割は編成を触ることです。マインドセットを変えるというのは容易ではありませんが必須です。組織の役割や編成を触ることは、そのそも組織は目的を効率的に実行するために作られるので触れば適切な形に触れば良いのです。強制力がありますから即効性も期待できます。

4.1 マインドセットを変える。
法令を遵守しつつ商品やサービスの魅力向上や品質を向上させる活動を効率的に実行しなければ持続的に収益を上げあることはできないことを理解させる必要があります。投資は事業拡大を目的にした物の他に、効率的に業務を実行するための投資もあります。この後者の必要性を理解するよう寝言で言うくらいに教育する必要があります。また、部分最適化は企業存続の足を引っ張る悪行であることと、自分の生産性が上がってもそのことにより他部門の生産性が落ちるのならそのアイデアや打ち手は欠陥品であり、やってはいけないことだということ、そして”足らず”だということを、新卒からリタイヤ寸前の人まで毎年繰り返してたたき込まなければなりません。

4.2 組織の役割は編成を変える。
この手の問題が発生する原因は上述のマインドセットの欠如の他に、企業組織内のモノ作りやサービス作りに関わるバリューチェーン以外の部門が、そのバリューチェーンの業務に対する知識や関心が欠落していることにあります。つまり社内バリューチェーンから距離を取って仕事をする部門の活動が、モノ作りやサービス作りに関わるバリューチェーンと繋がる形で仕事化されていないのです。これを変えるには2つ打ち手がありそうです。
1つは、それぞれの業務分掌を変更して要求する専門性を拡大させて共通知識領域を増やすことです。
もう一つは、社内バリューチェーンから距離を取って仕事をする部門と社内のバリューチェーンを支える情報システム作りや維持を担う部門との結びつきを持たせることです。情報システム作りや維持を担う部門が両グループ間の接着剤となり、業務を結びつけるのです。そうすると自分たちの役割は思っていたよりも広く、隣近所の業務の効率化まで視野に入れる必要があり、そうした方がスムースに自分たちのやりたいことが回り始めることを実感するようになります。

バリューチェーンから距離を取っている組織グループ + 情報システム作りや維持を担う部門(接着剤) + 社内バリューチェーン組織グループ

私たちは普段、前提を疑うことは今の仕組みや体制に問題があることに気付きにくく、気づいても見ないふりをしがちです。一度トライしても壁にぶつかったり、取り上げてくれなかったりすると容易に心が折れ、現状に我慢してしまいます。しかし、しつこく繰り返し声を上げ行動することでより良い方向に改善することはあります。
先ずは、うまくいかない問題点はどこになるのかじっくり考えてみましょう。 問題の認識が間違っていたら、打ち手が機能するはずがありません。

4.3 へたくそ
上記に示したことは一例です。
それぞれの環境に合わせて適切な打ち手があるでしょう。しかし、共通していることがあります。何か浸透させようと思ったら、相手の業務内容を理解し、受け取ってもらうにはどんな問題を生ずるのかを知り、解決する提案とセットで持って行くことです。相手のバリューチェーンの一部になるのです。相手のバリューチェーンとの間に線を引き、偉そうに「必要だからコレをやれ」と投げても、受け取るはずがありません。やり方がへたくそなのです。自分最適で相手の負担が増える、そんな筋の悪い打ち手が良い結果になるはずがありません。しかし、この悪手が職場を埋め尽くしていませんか。しかも、毎日のように新しいのが生えてくるので、今日もあなたや同僚が疲弊しています。我が国が輝きを取り戻せないのは、このような非生産的なことに足を引っ張られていることも理由の一つでしょう。 欧州市場に参入するならコレに従えと”(本当は)素敵なコンセプト”を欧州から渡されて、へたくそな導入を行った私たちは、すっかり競争力を落としました。このヘタクソさを改善しなければなりません。