歴史を塗り替える化石や遺跡が発見されたニュースには、1億3千万年前だとか、20万年前だとかそんな年代推定が添えられます。また、太古の気温はどうだったか、長期間での気温の変動がどうだったかという話も見聞きします。これらはどのようにして推定しているのでしょうか。本稿は化石や遺跡が活性していた過去の年代や環境(気象)を推測する方法について、ジャレット・ダイヤモンド氏の2番目に有名は著作「文明崩壊」の一節を追いながら、その著書に登場する年代推定方法について紹介します。

「文明崩壊」では、一時的あるいは途方も無く長期間の成功を収めた社会が崩壊に至る主だった原因は、人口と欲望の増大が起こす森林破壊と、そして気候変動により土地の著しい生産性低下が起き、土地が人々を食わせるだけの食料供給能力を失ってしまうからだと説明します。その森林破壊や気候変動、人々の暮らしぶりを丹念に解き明かし説明していく、その証拠を提示する際に古気候学の様々な技術が紹介されていきます。

古気候学とは
古気候学とは、樹木年輪、サンゴ年輪、アイスコア、泥炭堆積物、湖沼堆積物、海洋堆積物の試料や、古文書を使って、過去の時代の気候を推定する学問のことで、試料の様子(年輪幅等)、試料の中に含まれる物質などの組成、形状、含有率等から、過去の気候を復元します。これにより人間の経験や記録では把握できないような長周期の気候変動を知ることができ、そして未来への警告や対処案の示唆が得られます。

それでは本題に入りましょう。
「文明崩壊」より ―樹木年輪やネズミの廃巣から得られる情報
アメリカ南西部の先史時代の文明が起こりそして廃れた原因を解説する第4章の中で、考古学者達がこの区域を研究するのに2つの方法を持っていると説明しています。一つは年輪年代法(樹木年輪から過去の情報を得る。)で、もう一つはモリネズミの廃巣を分析する方法です。
年輪年代法により遺構の梁材に使われた樹木の年輪からその遺構の年代の近似値を得ることができます。
年輪を数えればその樹木が何年生きたのか分かるけれども、その木が切り倒された木だとして、いつ切り倒されたのかは容易にはわからない。しかし、樹木の年輪には、その年の降雨や干ばつによって年輪の幅が狭い・広い・広い・狭い・・・・・パターンが刻まれているので、これを利用して切り倒された樹木の年代を推定できる。 いつ切り倒されたか明確な樹木の年輪と、切り倒された年代が不明の古い樹木の年輪を比較し、同じパターンが現れるところを探す。その古い年代の樹木とさらに古い年代の分からない樹木の年輪パターンと比較し、この2つの年輪に同じパターンを見つける。このようにして年代推定を続けてさかのぼっていく。木の生長パターンは地域が異なれば変わってくるのでこの方法は植生が似たような区域に限定される。 さて、この年輪年代法は樹木が切り倒された年の推定だけではなく、その樹木が育った過去の気象の復元にも有用です。しかし、年輪のパターンが一致している木を探すなんて途方も無い根気の要る作業ですねぇ。今ならササッとやる技術があるのでしょうか。

続いて、モリネズミの廃巣の話です。モリネズミは巣穴の材料に、小枝、植物のかけら、近くの哺乳動物の糞と食べかす、放置された骨、自らの糞尿を用います。トイレの躾のできていない子ネズミが巣の中でオシッコをするとやがてその尿が固まり結晶化し、堆積物を煉瓦並みの固さに固めます。モリネズミは捕食されるのを避けるため巣から数十メートルの距離でしか植物を集めないことが知られています。そして数十年経つとネズミの子孫達は古い巣を捨てて新たな巣を作るために移動する。古い巣の中の物質は結晶化した尿のおかげで腐らずに残る。つまりモリネズミの廃巣は、採取場所から数十メートル以内の植生を資料として固めたタイムカプセルといえます。そして後述する放射性炭素年代法によりこの廃巣の閉じ込められた試料の育った年代を推定できます。

放射性炭素年代法
放射性炭素年代測定で測定される炭素14は、炭素の同位体のひとつで放射性物質です。地上/空気中には、太古から炭素14は一定の割合で存在します。植物は光合成によって炭素14を含んだ二酸化炭素を取り込み、動物も食物連鎖によって炭素14を取り込みます。それら生物の生命が終わると、生物の外と内の間における炭素のやりとりが終了するので、その時から炭素14はその放射性崩壊曲線(5730年で半減)に従って減っていきます。試料に残っている炭素14を測定することによって、その生物の死後の経過時間がわかります。
さて、炭素14ですがこれは大気中に豊富に存在する窒素14(陽子数7、中性子数7)が対流圏上部から成層圏で宇宙線にさらされることで中性子が当たり炭素14が生成されます。炭素14は炭素の内の 0.00000000012 % を占めます。そして主要な炭素である炭素12(陽子数6、中性子数6)は炭素のうちの98.9%を占めます。この炭素14が恒常的に作られていて炭素中に占める割合は太古の昔も今も安定して一定であることと、炭素14は放射性崩壊曲線に従って窒素14に戻ることから、動植物への炭素の出入りが終わった(=死んだ)ときから、現在までに経過した年数を推定することができます。生きているうちは炭素14が含まれる割合は一定ですが、死んでしまって炭炭素の出入りが無くなると炭素14の割合は減る一方だからです。

例題です。
ある古い地層から発掘された木片に含まれる炭素14の割合を分析したところ大気中の8分の1になっていた。この木が朽ちたのは何年前でしょうか。炭素14の半減期を5730年とし、大気中の炭素14の割合は過去も現在も同じとします。
答え:半減するのに5730年かかるので、8分の1になっているということは、半減してさらに半減してさらに半減(=2分の1の3乗)なので、5730年×3=17190年前に朽ちてしまったと推定できます。

「文明崩壊」より ―湖底や氷中の柱状試料から得られる情報 安定同位体比分析
話を「文明崩壊」に戻します。第5章 マヤの崩壊では、湖底の柱状堆積物試料から、第7章 ノルウェー領グリーンランドの開花では、グリーンランドの万年雪の柱状堆積物試料から長期にわたる気温推移や当時の植生を得る事例が紹介されています。少し長くなりますがそれぞれ引用しましょう。


先ずはマヤから。(「文明崩壊(上)」347-348頁より引用)
”マヤの湖の底に沈殿した堆積層に穴をうがち、柱状堆積試料を採取すれば、それをもとに数々の測定を行うことによって干ばつと環境変動に関する推測が可能になる。例えば、湖水に溶けていた石膏(硫酸カルシウムを主成分とする鉱物)は干ばつ時に湖水が蒸発して濃縮されると、湖底に沈殿する。同位体の酸素18として知られる比重の重い酸素を含む水も干ばつ時に濃縮されるが、比重の軽い酸素の同位体である酸素16は蒸発する。また、湖水に棲む軟体動物と甲殻類は、酸素を取り込んで殻に蓄積する。それらの殻は、主である小動物の死後も固定の沈殿物内に長いあいだ保存されていて、気候学者にとっては、酸素同位体を分析するのにうってつけの試料となる。そうした石膏や酸素同位体などを使った測定方法によって、干ばつや降雨が猛威を振るった年代の近似値が出され、その年代が、湖底の沈殿物を放射性炭素年代法で測定した年代によって確定される。 同じように、湖の沈殿物から採取した柱状堆積物試料をもとにして、花粉学者たちは、森林破壊(試料では、森林の花粉が減り、代わりに草の花粉が増加している状態、土壌浸食、試料には、厚い粘土層と押し流された土壌に由来する鉱物が現れる)に関する情報を手に入れる。“

続いてグリーンランドから。(「文明崩壊(上)」436-437頁より引用)
“グリーンランドの万年雪をうがち―― グリーンランドの万年雪は、考古学者たちによって現在約三千メートルの深さまで採掘されている――、深さの関数として酸素18を計測してみると、ある年の夏の氷、その年の冬の氷、さらに前年の夏の氷と掘り進むにつれ、その値が小刻みに上下しているのがわかる。これは、予測可能な季節ごとの気温の変動が原因だ。さらに、夏でも冬でも、年が異なると酸素18の値がそれぞれ異なることにも気づく。こちらは、予測できない年ごとの気温のばらつきが原因となっている。  ―途中省略- 氷の柱状試料を調べることによって、毎年の夏と冬の気温がわかり、また、余録として、年代順に夏と夏のあいだの(あるいは冬と冬のあいだの)氷層の厚みを調べれば、その年の降雨量も分かる。もうひとつ、年輪からは得られないが、氷の柱状試料から得られる天候の特徴は、暴風に関するものだ。暴風がグリーンランド周辺の海水から飛沫塩分をすくい上げ、内陸の奥まで飛ばして万年雪に吹きつけると、その飛沫の一部が凍って、海水中のナトリウムイオンを含んだ雪に変わることがある。暴風は、万年雪の上に大気中の砂塵粒子も吹きつける。この砂塵粒子は、もともと遠く離れた各大陸の乾燥した砂の多い区域から運ばれてきたもので、カルシウムイオンの含有率が高い。これら二種のイオンは、真水からできた雪には含まれていない。万年雪の氷層に濃度の高いナトリウムイオンとカルシウムイオンが含まれていた場合、その氷層ができた年に暴風が吹いたと考えて良いだろう。”

酸素の安定同位体比分析
2つの話に共通して登場する酸素18の値を測定して当時の気温を推定する方法は、酸素の同位体比(酸素18/酸素16)を測定します。地球の大気における酸素原子の安定同位体の存在比は、酸素16が99.759%、酸素17が0.037%、酸素18が0.204%であります。 水分子はわずかに軽い方の酸素同位体を多く含む傾向があります。 酸素17は非常に少ないのでここでは無視します。酸素は水をはじめ様々な物質に含まれており記録に残りやすい特徴があります。たとえば海水中を漂う原生動物である有孔虫の化石も酸素同位体比(酸素18/酸素16)が記録されています。海水(H2O)としての酸素は酸素16(軽い水)と少量の酸素18(重い水)で構成されています。海水が蒸発して、積雪によって氷床に取り込まれ易いのは重い水よりも軽い水なので、結果として軽い水が氷床に選択的に取り込まれていきます。そのため氷床が拡大する氷期の海水は相対的に重い水が多くなり、逆に氷床が縮小する間氷期の海水は軽い水が多くなります。海水中を漂う石灰質有孔虫は、海水中のイオンを使って炭酸カルシウムの殻を作ります。有孔虫が死ぬとその殻は海底に堆積していきます。つまり海底にそのときの海水中の酸素同位体比(酸素18/酸素16)を記録していくことになります。また、この殻には水温が低いほど、重い海水が多いほど、酸素18を多く取り込まれるので、酸素同位体比(酸素18/酸素16) は氷期に大きく、間氷期に小さくなります。このように柱状堆積物試料の層ごとに含まれる酸素同位体比(酸素18/酸素16)を調べることで、気温の推移を捉えることができるのです。

今回は、過去を知る様々な方法について勉強した結果を紹介してみました。